嵐とみる『美女と野獣』

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男五人で『美女と野獣』を見に行った夜。眠り続けるリーダーの運命やいかに。

ぢゅん「いや〜、公開初日でもないのにレイトショーで満員なんて初めてだったよな…」

ミノ「いつもの映画館、『フォースの覚醒』の初日でも空席があったのに…」

櫻丼「さすがゴールデンウィーク、さすがディズニー、さすが『美女と野獣』のコンテンツ力…」

相場「俺ら以外全員カップルだった気がした…」

リーダー「ひるむんじゃないおまえたち!たしかに俺ら以外は全員リア充カップルに見えたかもしれない。だが見た目で人を判断してはいけないんだ」

櫻丼「お、おお、そうだな。それこそまさしく『美女と野獣』のテーマだ」

リーダー「そうだ。俺たち以外は全員、ぴあの出口調査で良い意見を言うためにディズニーに買われたサクラだったかもしれないだろ」

ミノ「さすがにねえよ!とは言い切れないなにかがある」

ぢゅん「問題なのは、デートムービーっていう印象が強すぎるってことじゃない?男はひとりでは観にいけない、みたいな空気がありすぎる」

櫻丼「実は俺もそれで、アニメ版の時から見るのに抵抗があったんだよな…ロマンチックな、女性向けって感じの宣伝だったじゃない」

相場「じゃあ『男性向けです』ってでっかく看板に書かれてるものじゃないと楽しむのが恥ずかしい、ってこと?」

櫻丼「う、そう言われるとキツイな…」

リーダー「まずは見た目の抵抗を払いのけるんだ。そして心の目でありのままの映画を観るんだ!」

櫻丼「お、おお、そうだな。それこそまさしく『美女と野獣』のテーマだ」

ミノ「ミュージカル好きなぢゅんくん的には満足だったんじゃない?」

ぢゅん「うん、『ラ・ラ・ランド』の仇を『美女と野獣』でとった感があった」

ミノ「意味はわからないけど気持ちはわかる」

ぢゅん「”Be Our Guest”がド派手でミュージカルオマージュの万華鏡みたいで良かったな。ミュージカルのああいう狂騒的な瞬間が好きなんだ。アランメンケンの曲って、強いよな〜。骨格が違う。肉食って育ってる感じがある」

相場「曲にも肉食とかあるんだ。でもさ、結構一緒だよね?アニメのと。もちろん曲も一緒だけど、演出とかさ、ストーリーの流れとか、あまりにもそのままだな〜ってところに驚いた」

櫻丼「確かに、過去の自分に対して過剰に反省モードのディズニーにしてはほとんど忠実にやってて驚いたな。印象的な変化は冒頭で、野獣になる前の王子の生活の様子を描いたことと、ガストンとルフゥのキャラクター描写かな」

ミノ「出だしの退廃お耽美な世界観は、単にビルコンドン監督が撮りたかっただけなんじゃ」

ぢゅん「ガストンとルフゥはアニメ版より複雑なキャラクターになってた。ふたりが登場するシーンも、アニメ版が狩りから獲物をぶら下げて帰ってくるのとは違って、明らかに戦争帰りだし。演じたルーク・エヴァンスによると、ガストンは16歳で村をポルトガルの襲撃から救ったことから戦争の英雄扱いされているってバックストーリーがあるらしいよ。頭に血が上ったガストンが、ルフゥに「楽しい事を考えて、戦争や殺し…」と言われて気持ちを落ち着かせるシーンも、戦争後遺症を思わせるよね」

ミノ「なんだその「ガストンを適当に持ち上げ続けてきた村人側にも罪はあるのかもしれない的バックストーリー」は…」

リーダー「小市民というものは西風が吹けば悪になり東風が吹けば善になるようなものなのさ」

ミノ「急に悟らないで」

相場「とはいえ、やなやつはやなやつじゃんガストン。久しぶりに死んで惜しくない悪役!って感じがしたな!」

櫻丼「褒めてるのそれ?」

相場「あとアニメのベルはドイツ表現主義みたいな家に住んでいたのに今回は普通の家だったのが残念だった」

ミノ「ティムバートンが監督じゃないからね」

ぢゅん「当たり前かもだけど、野獣とか食器たちの造形もアニメ版とは少し感じが違ったね。ちょっとシュッとしたというか…」

ミノ「うん、天野喜孝原画っぽい野獣だったな」

ぢゅん「しかしさ、アニメ版もそうなんだけど、せっかく野獣に愛着が湧いてきたところで人間の王子に戻っちゃうのガッカリ感があるよな毎回」

ミノ「分かる。でも、王子は冒頭の趣味からも分かるように、野獣にされて「ボクちゃんの繊細で美しい顔がーっ!!」ってところに人一倍嘆くタイプの男だろうから、今回に限っては元に戻してやらないと可哀想な感じがあるんだよな…」

櫻丼「いやでもそこで「やったー、ボクの美しい顔が戻った♡」ってなっちゃったら結局何も反省してなくない?!」

ミノ「勿論してないよ。最後のダンスシーンで誰よりも冴えた色の綺麗な衣装着てたの見ただろ。人の根本は変わらないぜ」

リーダー「しかし、人間の王子の姿に戻っちゃってガッカリって感じるのは、やっぱり野獣を外面込みで見てるってことじゃないのか。ひょろひょろの若者より逞しくてカッコいい野獣の方が好感度があるってことだろ?心の目で見ていれば最終的にどんな外面になってもいいはずじゃないのか」

櫻丼「お、おお、そうだな。それこそまさしく『美女と野獣』のテーマだ」

ぢゅん「うーん、こう言うと人でなしっぽい意見だけど、人間の王子がひょろひょろだからガッカリするってより、外面と内面が乖離している時の、葛藤そのものが野獣を魅力的にしている要素なんだよ。その不安定な存在感のミステリアスさがなくなっちゃったら、やっぱりただの青年なんだよ」

ミノ「コクトー版の野獣は、野獣の中の二面性が顕著だね。元の王子としての彼の性質は完璧な紳士なのに、獣のようにしか飲み食いができないところをベルに見られて「勘弁してください、獣なのです」って恥じ入ってよろめく野獣の惨めさは、うん、確かに、魅力的なんだよなあ…」

櫻丼「そういえば、内面と外面の乖離ってモチーフは、実はベルの側にも当てはまるよね。1740年代のフランスの田舎町において周りから「美人」と呼ばれるルックスを持つことと、彼女の心は釣り合っていない。ベルもその外見に呪われているといえるか」

相場「結局似た者同士だから惹かれたっ感じかな?」

ぢゅん「実は本好き仲間でもあったわけだし、趣味が合ったのも大きいよね。アニメ版では野獣はあんまり字が読めない設定だったけど、実写版のこの改変は良かったんじゃない?初めてあった理解者、って感じで」

櫻丼「ベルが「ここの本、全部読んだの?」って訊いたら野獣が「全部じゃない、ギリシャ語のがある(Well, not all of them. Some of them are in Greek.)」って返すところがあるよね?あれはIt’s all greek to me(ちんぷんかんぷん)っていう英語の慣用句をもじったジョークだと思うけど、その出典はシェイクスピアのジュリアスシーザー。つまりシェイクスピアン同士の内輪ギャグが通じた瞬間だったんだな」

ミノ「初めてオタク趣味を人と分かち合えた瞬間、感動的だ…」

ぢゅん「庭から薔薇の花を勝手に持っていこうとしたことが野獣の怒りをかう、っていう原作通りの設定に戻したのも良かったんじゃない。アニメ版だと、森で迷ったベルのお父さんが勝手に館に入り込んだことで野獣が怒る、って簡単にされてるんだけど」

櫻丼「でも、別にどっちでも筋は通るよね?」

ぢゅん「そうなんだけど、やっぱり印象的な要素なんだよ、薔薇を盗むっていうのが」

ミノ「おとぎ話って大人になって読むと教訓が先行しがちだけどさ、子供の時はモチーフの連鎖として見た気がする。特に子供は物語に出てくるタブーが好きだしね。開けてはいけない扉と金色の鍵、してはいけない寄り道と狼、薔薇を摘んだ野獣に差し出される娘…。その不条理さ、思いがけなさに魅かれるんだと思う。そういうシンボルに巧妙に隠された血や性の匂いに子供は敏感だと思う」

ぢゅん「たしかに、そういうモチーフの強さがそのままおとぎ話の強度になっているのかもしれない」

櫻丼「特に、「異形の者との結婚」ってモチーフはみんな大好きだから、同じような話が民話にはわんさかあるんだよな」

相場「王女さまと蛙の話とか」

櫻丼「それもそうだね。『美女と野獣』の原型としてはギリシャ神話の『エロスとプシュケ』が有名だよ。そこから出発して、『美女の野獣』の物語は色々なバージョンを経る」

相場「つまり、原作がいっぱいある?」

櫻丼「最初に本の形になったのはヴィルヌーヴ夫人によるもの。このバージョンでは、ベルが野獣の求婚に応えて、野獣が王子に戻…ってからの話が長い」

ミノ「えっ、終わりじゃないの」

櫻丼「うん、ヴィルヌーヴ版では、なぜ王子は野獣となり、なぜ薔薇を摘むことは野獣の怒りをかい、なぜベルは野獣に引き寄せられる運命を辿ったのか、について、実は全て妖精の綿密な計画によることだった、という種明かしのパートがある。中々面白いけど、おとぎ話というよりは幻想怪奇小説の色が強いかな。みんながよく知ってるのはこれをざっくり簡潔にしたボーモン夫人のバージョン」

ぢゅん「ボーモン夫人のバージョンはディズニー版とほとんど一緒なのかな?」

櫻丼「大筋はだいぶ近付くけど、ヴィルヌーヴ版もボーモン版も、ベルが野獣に「恋したわけじゃない」って意味ではディズニーとは違うね」

相場「えっ」

ぢゅん「えっ」

ミノ「えっ、ちょっと、”真実の愛”は?”真実の愛”がテーマじゃないの?!」

櫻丼「まあ”真実の愛”の定義次第だと思うんだけど、ベルは野獣に好感を抱くものの、野獣が王子に変身する最後まで恋愛感情を抱いているわけじゃない。どちらかといえば、いっときの浮かれた恋なんかよりも、自分に向けられる誠実さに感謝の気持ちで答えなさい、それが正義というものだ、という教訓に読めるかな。だからベルが野獣の求婚に応えるのは恋ではなく義理によってなんだ」

ミノ「…なんていうか、真逆じゃん…」

ぢゅん「まあでも、話の骨格を変えずに、その時々にあった教訓を引き出せるように改変して語り直せるってところが、『美女と野獣』の話の強さなんだろうなあ…」

櫻丼「うん、きっと語り継がれていくことそのものに意味があるんじゃない」

ミノ「アニメ版といっしょじゃねーか!やる意味あるのかよ!とかちょっと思ってたけど、そうか、ごめんな、何度でも語り直すことに意味があるって言われるとな…」

ぢゅん「ていうか、美女と野獣のテーマソングってまさにこのことを歌っているよね?美女と野獣っていう原型が何度も繰り返されることについての歌っていう風に聴けるんじゃない?」

櫻丼「フランス語のタイトルはLa Belle et La Beteで、つまり美女も野獣も名前がなく肩書きだけなのは、この話の汎用性を表しているように思える」

ミノ「いつの日も…美女は夢みて…野獣は憂い…リーダーは眠る…」

リーダー「ぐう」

相場「永遠の眠りかもしれないぞ!櫻丼くん!真実の愛のキスでリーダーを目覚めさせて!」

櫻丼「なんで俺?あとそれ違う作品ね!!」

リーダー「おお!キスの刺身だ!!」

櫻丼「ってそっちかい」

ミノ「なんか今日ベタだなあ…」