嵐とみる『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』

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ミステリオは大切なものを盗んでいきました

ぢゅん「冒頭のチープな追悼映像からびっくりしたよ。なんていうか「まだ傷跡が塞がってないのに大丈夫か?」ってちょっと思ったけど劇場内では笑いが起こってたな」

櫻丼「あんまり死んだことで聖人化するつもりがないみたいだったよね。特にトニースタークに関しては。今回の敵役もトニーに無下にされた恨みで出てくるって話だし」

ミノ「トニー、会社ではスティーブ・ジョブズぐらい嫌われてたんだな。ジョブズは確かにすごいことをやったけど、その功績と、彼の周りの人間へのクソ行いはちゃんと別物として考えよう、っていうのが最近の流れじゃん。功績は功績、クソ行いはクソ行い。まあミステリオの行いは逆恨みだけどさ」

相場「逆恨みしてる人が随分いっぱいいたけどね・・・」

櫻丼「俺、ミステリオがチームの中にちゃんと脚本家を置いてるのがえらいと思った。ミステリオは、人は現実を認識するためにストーリーが必要だってことを深く理解しているんだ。どんなカルト宗教にも教義があるように、それがどんなに荒唐無稽でも、とにかくストーリーである必要がある。”赤”という事実の認識に必要なのは、それが「70nmの波長に対応する」ことではなく、「あたたかい、情熱的、森に住むお姫様の唇」から連想するストーリーのほうだ」

ぢゅん「しかし、MCUを観るならもう完全に「過去作の履修は教養」って感じになってきたよな」

相場「今回のはまだ一見さんにも優しいほうじゃない?青春ムービーとか観光ムービーとして楽しめなくもないし」

ぢゅん「ていうか、青春ムービーとか観光ムービーとして単純に良くできているからこそ後半の展開に度肝を抜かれたってところがあった」

櫻丼「確かに今回、観光ムービーっていう側面もあったけど、観光っていう設定をもってきたのにはもう少し深い意味があると俺は思っているんだ」

相場「というと?」

櫻丼「あのさ、ロンドンにキングスクロス駅ってあるだろ」

ぢゅん「ハリーポッターに出てくる駅でしょ」

櫻丼「うん、あれは元々、ロンドンに実在する普通の駅だったけど、ハリーポッターに登場したことによって「観光地」になった。
いまでは駅構内に、映画に出てきた「9と3/4番線の入り口」が用意されて、ハリーポッターグッズのお土産ショップまで併設されてる。
で、観光客はちゃんとそのフォトスポットに行って、写真を撮る。観光客の彼らが観るのは、生活基盤としての / 機能としての駅ではなく、演出された場、観光客に向かって上映される”場所のパフォーマンス”だ。
だからミステリオの虚構が観光地を舞台にし、そのパフォーマンスがツーリストである彼らに観測される、という設定には、意図があると思ったんだ」

相場「”映え”るしね」

ぢゅん「”映え”の観念は映画にも出てきてたね。ピーターや友達、先生がベタな場所でセルフィーを撮る風景があった。いま、「観光する」ことと「写真を撮る」ことは切り離せない行動でしょ」

ミノ「旅行に行くとついみんなが写真を撮っている場所でみんなと同じような写真を撮ってしまうという心理はあるよね。
海外の美術館に行って、肉眼で見なきゃ意味がないと思いつつ、有名な絵をわざわざスマホで撮っちゃうとか含めてさ」

櫻丼「そこが「観光」と「探検」の違いじゃないかな。「観光」には、あらかじめ分かっていることを確認しに行く、っていうような側面がある。
フランスにはエッフェル塔が、このように、このような姿で建っている、…というメディアの情報の方が実は既に観光のリアルで、残りのツーリストの仕事は実際にそれがたしかにそうであったということを写真に収めてSNSにアップすることだ。そうやって、無数のツーリストたちのスマホのカメラ—-無数の目、によって、現実をデジタル世界にマッピングしてる」

ミノ「無数の小さいカメラによって、いまや人間の視覚は”複眼”に拡張された。そうなると、「自分がどう見たか」より「みんながどう見たか」の方を信用するようになってくるよね」

櫻丼「だからこそ、「フェイクニュース」の次にある問題は「フェイク光子」なんだよ。だってそうだろ、そのうち俺たちはインスタのフィルター越しのエッフェル塔の方が現地の実物よりリアルだと感じるようになるんじゃないのか?つまりは、これを肝に念じておかないと。「光子を信用するな」!」

ぢゅん「そう考えるとほんとミステリオってセルフィー時代の悪役って感じだよな」

相場「でもさ、昆虫とか、複眼には単眼よりすごいところもあるんだよ。複眼をもっている虫のなかには、偏光状態から太陽の位置や方角を察知できる能力があるやつがいる。だから、人間が複眼になるってことは—そういう”新たな能力”を手に入れるチャンスにもなるんじゃないの。”第六感”っていうかさ、それこそスパイダーマンのスパイダーセンスみたいにね」

ぢゅん「確かにそこにはポジティブな可能性もあるってことは考えておきたいよね。ピーターはスパイダーセンスで敵のフェイクを見破った。来たるべくデジタル世界で光子のフェイクに惑わされないためには、俺たちも新しい感覚を研ぎ澄ます必要があって、それを”第六感”って呼んでもいい」

ミノ「本気でそういう”センス”が身に備わってるかもだよな、次の世代には。だってもう「リテラシー」だけでは対処できないでしょ、フェイク光子の時代には」

相場「それはそれとして、映画中盤の「ミルテリオの幻想劇場」みたいなやつ、ユニバーサルスタジオジャパンでアトラクションにしてほしいなあ」

ぢゅん「あそこは、制作側がめっちゃ楽しんで作ってるのが伝わってきたね。今の技術でアトラクションにするなら、VRゴーグルをかけることになるかなあ」

ミノ「そうそう、あそこは現実拡張とかホログラムっていうより、やりたいことがVRっぽいんだよね。VRって、現実の自分のいる場所に何かを出現させるんじゃなくてむしろ「自分のいる場所を錯覚させる」わけじゃん。でもちょっと前に、VR Chat内でバーチャルのギロチン処刑場に行ってギロチン体験した人が、実際の体調にも支障をきたしたって記事が話題になってたじゃん。ほんとうに悪用されたらやばいよ。でもVR拷問とか、開発されたりしそうだよな」

櫻丼「でもあの場面って、映画ってメディアとは相性いいと思った。映画館の暗闇にも「自分のいる場所を錯覚させる」効果がある」

ぢゅん「だけど映画館は最後にちゃんと明かりがつくから良心的だぞ。エンドロールは長い長いタネ明かしだ」

櫻丼「でもそれでいうとMCU作品がエンドロールっていう「虚構から現実への移行作業」の後におまけ映像を入れてくるっていうのはけっこう邪悪ってことにならないか?」

ミノ「まあ、それは朝の子供向けテレビアニメが番組の間にそのアニメのおもちゃ商品のCMを流すのと変わらないでしょ。アニメが終わったら、電気屋に行ってお金を落としてね、の代わりに、映画が終わったらSNSで次回作への憶測や二次創作やトリビアを上げてシーンを盛り上げといてね、っていう」

相場「ていうか最後に出てきた宇宙人なに?スタートレックに出てきた人?スタートレックに出てくるよねああいうの?」

ぢゅん「たしかにちょっとスタートレックに出てきそうなビジュアルしてるけどあれは『キャプテンマーベル』に出てきたスクラル星人だ。けどフューリーまで偽物だったなんて、ピーターの気持ちになったらもうなにが真実かわからないぞ」

ミノ「でもそういう中でこの映画が最後に—ほんとの最後じゃないけど—ピーターとMJの「きみとぼく」に着地するのわかるよ。ピア・トゥ・ピアだけは安心できるってことでしょ。なんかもうインターネットプロバイダは信用できないからこれからはトランシーバで通信しようみたいな」

ぢゅん「ボーイ・ミーツ・ガールをピア・トゥ・ピアって表現するの有史以来のデリカシーのなさ。MJみたいな女の子がヒロインなのいいよね。90年代だったらセルマブレアがやってたようなポジションだけど」

相場「もう、ピーターはMJとデートしたりゲームやったりしてただの青春を送ってほしい。いい子すぎて戦ってるの見るの辛いよ。ニックフューリーがエヴァのミサトさんポジになってるのも辛かった」

櫻丼「でもさ、ニックフューリーはピーターの「庇護者であるフリ」だけはしないから、そこはズルくないところだよ」

ミノ「しかしこれからどうするんだって感じがすごいな。こんなことしちゃったらもう後戻りできなくない?ってところまで進んでしまった感じあるけど」

相場「ピーターの正体がばれちゃったって意味で?」

ミノ「それもそうだけど、ミステリオって存在自体が、今までのアメコミ映画のあり方を覆しちゃった感じがするんだよな。こう、いわゆるスーパーヒーローって今までバトルになるとさ、なんか手からよくわからない光みたいのを出して、それには一応それっぽい名前がついていたりして、なんかよくわからない物理法則によってそれを敵に発射したりすることによってなんかわからない化学反応がおこってなんかわからない爆発的な効果をともなってなんかわからないけど敵が死んだりするだろ」

ぢゅん「いや、まあ・・・」

ミノ「そのなんかよくわからない現象を真実たらしめるのは役者の演技力にかかっていて、演技派俳優が迫真の表情をして「ムーンプリズムパワーによって敵の分子は破壊された」って言えばよかったんだ。でもさ、ミステリオは今回「そんなの全部デタラメでどうにでもなんですけどーーーーwwwww」ってやっちゃったわけだろ。これでアメコミ映画のCGバトルは過去と同じ手は使えない」

相場「すごいことをしてくれたじゃんミステリオ。もうCGには頼れないってこと?」

櫻丼「いや、問題になるのはCGを使うことっていうより、チェスで戦っているシーンで駒の動きを映さないってことだよ。その勝負になぜ勝ったのか、その場に働いている戦術とルールをいかに素早く映像的に観客に伝えるのか、っていう技術が必要になるんじゃないか」

ぢゅん「ところで、リーダーは結局今日はこなかったね」

櫻丼「いや、来ていないように見えるだけで、実は来ているのかもしれない。見た目に騙されてはいけないんだ」

ミノ「確かにな、それじゃあここの会計は5人で割ろう。来ているように見えなくても実際は来ていると捉えることも可能なので・・・」

相場「それっぽく言ってるけど邪道なだけですよ」