嵐とみる『最後の決闘裁判』

Share

これは本当にフェミニズム映画なのか?

ミノ「あのさ、どう考えてもル・グリ役をベンアフレックがやってマットデイモンと戦う方が面白かった気がするんだけどどう思う?」

櫻丼「いや、そもそもそういう”面白さ”は求めてないから…」

ぢゅん「ル・グリは若くてイケメンって設定が重要だったんでしょ?」

櫻丼「アダムドライバーを初見で「美男♡」って言うのはちょっと雑っていうか、3段ぐらいステップを抜かしてる気もするけどな」

ミノ「というか、ル・グリとカルージュの友情に全然ケミストリーが感じられないの。ちゃぶ台返しする構成なら少なくとも第一章ではもっとホモソ美化ばりばり濃厚ブロマンスな描写のほうが露悪的になって面白かったと思うんだけどなあ」

櫻丼「第一章は意図してクリシェ的な英雄譚を描いているからちょっと平坦な印象なんだよね。藪の中構成にピンと来ているひとならこの段階で後々の展開をある程度見通せてしまうというところもあるが」

相場「そういえば、なんか久しぶりにフランス人なのにバリバリのアメリカ語を喋ってる!みたいのを見た気がする」

ぢゅん「今やると外連味があるよな」

櫻丼「ひと昔前まではハリウッド映画ではみんな英語しゃべってるっていうのに違和感すらなかったんだけど、時代が認知を変えるよね…。でもそういう、映画のフォーマットが持つ欺瞞みたいなものを炙り出すのがひとつの目的のようにも思えたよ。やーい、お前らが観てた騎士道映画全部認知の歪み~!みたいな」

ぢゅん「うーん、でもそういうマッチョ文化大反省大会やるためだけに使うにはあまりにもつらい題材じゃない、実際にあった強姦事件は。しかしMeTooがテーマなんだとしたら、ちょっとこの切り口は今さらかなあって気も」

ミノ「でも、脚本製作にMeToo団体の協力を得ているみたいだし、そこは物語の根幹にあるでしょ」

ぢゅん「なんだけど、じゃあMeToo視点でこの映画を観た時に、今、新たに「気付きを得る」ことっていうのが特にないじゃない。それはブラインドスポットだった!って部分を描いているわけではない。逆に言うと巨匠リドリー・スコットからここまで噛んで含めて伝えてもらわないと被害者の立場を一度も想像できなかったようなひとたちを架空のターゲットに置いているの?」

ミノ「まあ例えば今ル・グリの立場にいるような人間は、第三章を見ても自分をマルグリットに置き換えることが出来るとは普通に思えないよな」

相場「うん、そういう人は脳に針を刺して治すしかない」

櫻丼「さらっと過激思想を出すなよ!マットデイモンがアダムドライバーに性暴力を受けて、でも冴えないおじさんの自分が美男に性暴力を受けたと言っても誰にも信じてもらえない、ぐらい直球にやらないと伝わらないひとはいるだろうけどさ」

ミノ「そこを男性同士にしたらまたちょっと軸がぶれるけど。でもそれで言うと、マルグリットは美女で貞淑で理知的で才覚のある女性として描かれていたから観客側が肩入れするのは比較的イージーになっちゃってて、じゃあマルグリットが学のない醜い中年でめちゃくちゃ性格曲がってるやつだったら正直ちょっと疑うんじゃないのかどうせ、とかそういう現実的な内省レイヤーには降りてこない」

ぢゅん「マルグリットを”売った”女友達とか、姑とかの描写もカリカチュアが単にレディコミっぽく見えちゃった部分もあるかなあ。いや、女同士だからって色んな立場があって簡単には連携できねえよっていうのは分かるんだけど、それこそインターセクショナリティーとか描くならもう少し周辺の人の描写も周到にする必要があるんじゃないか?と」

櫻丼「最後の闘技場での女性客の歓喜も、あれ別にシスターフッドじゃなくてどうせどっちが勝ったって騒ぐんだろ、っていう描写の乾きっぷりがリドスコらしいというか、人間に対する冷笑的な視線が一貫しているのは良いと思ったよ。人間はみんな死んだらただの肉袋だっていうのをアダムドライバーの肉体で表現する凄み」

ミノ「だから、脚本の誠実さにはフェミニズムが込められてはいると思うんだけど、リドスコの作家特性がパーソナルな物語になるのを拒んでいるんだよな。そもそも藪の中構成っていうのは究極的にニヒリズムな視点じゃん。「真実」なんてないんだから」

相場「でも、マルグリットのパートははっきり「真実」ってテロップで示してたよね?」

ぢゅん「俺、あそこで「真実」って表してしまうの、どうなんかなーと思ったな。それこそ観客にとってはそのほうがイージーなんだけど、むしろそこは観客を試さなきゃいけないんじゃないか?当たり前だけど、現実の人の言葉には(※この人は真実を言っています)って出るわけじゃないんだから、じゃあ我々は何をもってして判断するのか?ってことを問わなきゃさ」

ミノ「でも、そこまでしないと「結局は藪の中ってことですよね?」って言い出すひとがでるってことなんじゃね?」

相場「だからそういう人はもう脳に針を刺して治すしかないんだって」

櫻丼「ロボトミー手術を推奨するな。だけど、マルグリットのパートが「真実」でも、 ル・グリとカルージュのパートは「嘘」ではない、って所がミソな気がする。あくまで同じ出来事の、なにをフォーカスし、なにを切り捨てたか、ってことだけなんだよね、違いは」

ミノ 「ル・グリもカルージュも自分こそが時代の被害者だと思っているし、でもそれも真実なんだよな。階級社会の中では彼らにも人権なんてなかったわけで、カルージュがどれだけ国のために命がけで戦ってもただの消耗品のように扱われる。その中で生きていくためのよすがって、名誉とかプライド以外に何があるのか?となるわけで。要はそう思わされているっていうか、彼らもまた社会の仕組みに都合がいいように洗脳されているんだよな。で結局プライドのためだけに決闘することになるんだけど、本人たちも引っ込みつかなくなっちゃっただけにしか見えないとこがつらい」

ぢゅん「でもそういう歪みのしわ寄せがもっと弱い立場の人とか女性に来るっていう…」

櫻丼「水は低い方へ流れていくんだよな…。でも、結局その決闘シーンが見事すぎるっていうのがあって、虚無な戦いなんだけど見てるほうは手に汗にぎっちゃうの」

ミノ「巨匠映画監督ですもん」

櫻丼「そう、リドスコの映画作りの力量故にエンタテイメントとして成立してしまってる。ていうか、その事こそを告発しているんじゃないのかな、これ。だってさ、 ル・グリとカルージュの認知の違い、あくまで同じ出来事の、なにをフォーカスし、なにを切り捨てるか…って、映画作りそのものでしょ。つまり、ストーリーテリングの才能があるということは、この世では特権なんだよ。それも暴力的な」

ぢゅん「話を矮小化するかもだけど、SNSでうまいこと言うとかも一緒だよね。そもそも語る言葉を持たないひとをないものにするなってフェーズでもある」

相場「うん、リーダーは一言もしゃべらなくてもちゃんとここにいます!」

リーダー「………」