嵐とみる『ソウルフル・ワールド』

櫻丼「zoomの画面もちょっと飽きたねってことで、今回は趣向を変えてVR居酒屋で集まってみましたね」

ぢゅん「バーチャル居酒屋、すごいねー。VRだと臨場感があって本当にみんなと集まっているような気がするよ」

ミノ「みんなアバターも実物に似てるなあ」

相場「ひとりだけよく分からない人がいる気がするんだけど…」

櫻丼「遠隔開催もすっかり慣れちゃったね。今回は各自配信で『ソウルフル・ワールド』を見てもらったわけだけど」

ぢゅん「新作映画がおうちで観られるの、便利だよね~」

相場「いや、あのさ、あなたたちはドコモユーザーだからいいじゃん。でもこっちはauユーザーなんですよ!dアカウントとか作るのマジ手間だったから」

ミノ「それな。その上にディズニーアカウントも作らなきゃいけないし。ディズニーに個人情報渡したくないよ!!こわいよ!!」

ぢゅん「怖くはないでしょ別に」

ミノ「わかってねーなぢゅんくん!ていうか、俺は以前から”ピクサーは現代の人間ではなくポストヒューマンに向けて「原初的な人間というもの」を解説するための娯楽作品を作っている”説を唱えてるけど、『ソウルフル・ワールド』はまさにそれを裏付ける作品だっただろ」

櫻丼「まあ、ここ最近のピクサー作品のテーマ、感情、死、インターネットときて今回”魂”だからね……こう、”すべて”をやろうとしていってる感じはあるよね」

ぢゅん「でも、『シュガーラッシュ2』を観たとき、櫻丼くんが「ピクサーはこの世の具体的で複雑な事象をいかに線形な因果に還元主義的に解体するか、に妄執を燃やしている」って話をしてたけど、俺は今作でピクサーはそういうルールからはもう抜けたのかな、って思ったけどね」

櫻丼「前半で”魂というもの”をいつもの調子ですごくシステマチックに説明しておいて、後半ではその価値観自体を反省する内容になっているよね。今までのピクサー自身を自省している部分もある気がする」

相場「『モンスターズインク・ユニバーシティ』の「努力しても叶わない夢はあるけど、自分が輝ける場所はあるはず」って感じだって大分優しいと思ったけど、今回は「別に人生の意味って輝くとかじゃない」まで行っちゃったもんね」

ミノ「「今日も息してるだけでえらい!」みたいなミームが流行っている時代の空気にも合致しているな」

ぢゅん「ていうか、インスタとかツイッターの投稿と投稿の間にある、他人に見せない、言語化されない時間にこそ人生のニュアンスがあるんじゃないか?っていう」

櫻丼「もう新自由主義みたいなのに疲弊しているんだよ人類。プロレタリアートを脱して自分自身を”資本”にすることがより良き自己実現だって思わされるのにも」

相場「主人公のジョーも最初、雇われるのは負けだ!みたいな感じだったもんね」

ミノ「ジョーが序盤でオーディションされる場面でさ、ジャズのセッションなのに全然「セッション」できてないじゃん、自分だけでどんどん自分の世界に入っていっちゃって。むしろセッションを破壊しちゃうんだよね。でも何故かそれがバンドリーダーのドロシア・ウィリアムズには気に入られちゃう。ここでドロシアっていうキャラはあくまで「音楽市場への入り口」の象徴として登場するのであって、多分純粋ないち個人としては描かれていないんだよね。だから後半、バンドをクビになりそうになったジョーが「なによりも”個の成功”を求める!」と宣言したのを聞いてまた気に入る。ドロシアは個人主義的な競争社会への扉に他ならないから」

相場「ちょっとチャゼル監督の『セッション』思い出したな」

櫻丼「むしろ『ソウルフルワールド』はジャズを『セッション』で描かれたようなところから現実に戻したというか、恭しく展示場に飾られていたものをブラックコミュニティの生活の間に取り戻したってところはあるんじゃない」

ぢゅん「ブラックコミュニティといえば、公民権運動指導者のジェシー・ジャクソン牧師の「I maybe am poor, but I am somebody」って言葉を思い出した。22番が「私はbodyがないからnobodyだ」みたいな冗談言うじゃない。じゃあbodyさえあればsomebodyなんだよ!っていう」

櫻丼「ジャクソン牧師の「I am somebody」には黒人差別を背景にした社会的な意味合いがあると思うけど、この映画には社会的な視点ってそんなにない気がするな。もっとインナーな、それこそスピリチュアルなとこにフォーカスしていってるんでは」

ミノ「かなりストレートにニューエイジな要素を出してきてるしね。そういえば『アナ雪2』でもホメオパシーっぽい話が出てきたけど、でもそれがあくまで無邪気な感じなんだよね」

相場「なんか、日本でいう癒し系ブーム的なやつが到来してるんじゃ?」

ミノ「だから、この映画の「自分の世界の見かたを見直してみようよ」っていう部分が、ややもすると「社会を変えるより自分を変えよう、問題は社会じゃなく自分の中だ」的な自己啓発思想に”利用されやすく”はなっているかも」

ぢゅん「でも、自己中心主義からの脱出を描いているようにも受け取れるじゃん。ポップソングでも映画でも”あなたの物語”で溢れているいま、いや、一旦「あなた」から「世界」に焦点を移してみようよ、っていう。世界は「あなた」の自意識の中じゃなくて、身体の外側に実在しているんだ、って言っているんじゃないの」

櫻丼「そこに他者の視点を通して気付く、っていうのはいいよね。だって、他者の目を通して世界を観るってことは、映画そのものだから」

相場「テーマがどうこうっていうのを話すのもいいけど、俺は単純に美術とかすごいと思うよ。カウンセラー・ジェリーの造形とかすごいじゃん。ピカソみたいなさ」

櫻丼「ピカソの3Dを2Dに圧縮したような線をまた3D上に展開しているわけだからね。謎の複雑さ」

ぢゅん「テリーが登場するたびに流れる音楽もミニマルでかっこいいんだよ。と思ったらトレント・レズナー&アッティカス・ロスのコンビがやってるんだね」

相場「テリーはかわいい」

ミノ「テリーは萌えキャラ」

ぢゅん「ソウルたちもかわいいしね。ちゃんとぬいぐるみ化しやすそうな造形で…」

櫻丼「ぬいビリティが高い」

相場「そうそう、公式サイトで「自分のオリジナルのソウルが作れる!」っていうゲームが公開されてて、かわいいなと思ってやってみたら最後に「あなたの人生のきらめきは何?」って入力させられるステップがあってそっとブラウザ閉じちゃった」

櫻丼「すごいな」

ぢゅん「まあでもさ、この映画を見て救われた気持ちになった人は沢山いると思うよ。台詞は大人向けだけど、「個性を伸ばせ」って言われ続けている子供たちにこそ見てもらいたい気もする」

ミノ「いや、最初にも言ったけど、俺はピクサーが子供たちとかではなくポストヒューマンに向けて映画を作ってるんだって説を曲げないね。『ホモ・デウス』のユヴァル・ノア・ハラリが、未来はごく一部の超エリート層とその他の「無用者階級」に分かれるんじゃないかって予言をしていたけど…」

相場「無用者階級って無用なひとたちって意味?」

櫻丼「そのものずばりだよね。ほとんどの人間が自分たちより優れたAIによって労働を奪われたら、労働しないだけでなく、芸術や文化的にも何も価値を生み出さない層っていうのがどんと生まれるんじゃないかっていう。Useless Classって、ちょっとひどい言い方だけどね」

ミノ「要はさ、今俺はディズニー+に加入して、ネットフリックスとHuluにも入ってるから、それを見ているだけでも一生を過ごせちゃう。もしこの先人間が労働しなくてよくなったら、俺も自発的に動くことなくただただ流れてくる情報を見るだけの”動物的な”存在になるかも。で、ディズニーはそういうポストヒューマン時代の「無用者階級」を安心させるためにこういう映画を作ったのよ!!」

ぢゅん「安心して一生ディズニー+見てなさいって?」

相場「さすがに穿ちすぎだよ!!でもさ、確かにディズニー+見るものいっぱいあって、家にこもっちゃいそうなんだよね。『ソウルフルワールド』は外に出ろ!って伝えてるのに!」

ぢゅん「シュミレートするな!生きろ!って言ってるんだもんね。そう考えると、俺たちこんなヴァーチャル居酒屋とかで集まった気になってていいの?直に会うべきなんじゃないの?」

櫻丼「そもそもディズニーが映画館で上映しなかったから外に出れなかったわけだけどな。それに、このご時世に5人で会食はやばいから…」

ミノ「”ただそこでその時間に出会った。そこで出会って意見交換をしただけで会食じゃない”って言えば会食にならないから大丈夫だよ」

櫻丼「全然大丈夫じゃないよ、そんな小学生みたいな言い訳通用するわけないでしょ」

相場「ていうか今日4人しかいなくない?リーダーは?」

ぢゅん「リーダーはそこにさっきからいるでしょ…」

相場「マジ?このガンダムF91に出てくる鉄仮面みたいなのリーダーだったの?」

櫻丼「なんかリーダーは間違えて『ソウルフルワールド』じゃなくて『マンダロリアン』を見てしまったらしいよ」

ミノ「間違えないでしょ普通」

相場「一言もしゃべんないからリーダーって気付かないじゃん」

櫻丼「なんかマンダロリアンの教義で人とは話せないらしいよ」

ぢゅん「絶対に寝てるだけだろ」

リーダー「ぐう」