嵐とみる『ローガン』

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世界の中心でニヒルになれないオタクは誠実な愛を叫ぶのか?

ミノ「昨日、縦山くんと遊んだんだけど」

相場「ミノって休日に友達と遊んだりするんだあ…」

ミノ「縦山くんがさ、「予告編を観て『ローガン』が気になってるんだけど、今までエックスメンのシリーズって一作も見たことないんだ。予習しなくても楽しめると思う?」って訊いてきたわけよ」

ぢゅん「おお、いいじゃん」

ミノ「それで俺は、「おまえ、それを質問する時点で答え出てるよな?」って言ってやったんすよ」

櫻丼「ん?」

ミノ「いや、「予習しなく”ても”楽しめる」って、”ても”って言ってる時点で、予習した方が絶対楽しめるって分かってるわけじゃん。だったらさ、見りゃいいわけじゃん」

ぢゅん「えええーっ、そこは、「もちろん単品でも楽しめるよ!でも、前作のあらすじぐらいはwikipediaで読んでおくといいかも!」ぐらいでいいじゃん!敷居を高くして新規参入を難しくするオタクって今一番嫌われるタイプのオタクだからな!オタクにもダイバーシティの意識が大事なんだぞ!」

ミノ「だって、過去作観た方が楽しめるに決まってるのに嘘つく必要ないじゃん。親切心で言ってるのよ俺は。大体、映画何本かツタヤで借りて観るぐらいのこと、大した労力じゃないだろ。「この映画は『失われた時を求めて』を全編読んでない人間には良さがわからないっすよ」とか言ってるわけじゃあるまいよ?」

相場「俺はぢゅんくんに賛成だな〜。だって俺も今回「ウルヴァリンって、アレだよね、あの〜手の甲のあたりから 棒状のさ〜アレが出てあの〜アレする人」ぐらいの知識で見たけど、十分面白かったもん」

櫻丼「えっ…相場くんはシリーズ全部俺たちと一緒に観ただろ…記憶喪失かってぐらい覚えてないじゃないか…」

ミノ「じゃあぢゅんくん、この写真を見てくれ。これ、なんの写真に見える?」

ぢゅん「なんのって、別に、普通の台所の写真に見えますね」

ミノ「それだけ?」

ぢゅん「うん」

ミノ「じゃあ、相場さんにも同じ写真を見せるよ。これ、なんの写真に見える?」

相場「確かに台所だね。…あ、干海椒が置いてあるね。手前に八角と花椒面が出してあるから、四川風の麻婆豆腐を作っていたのかな?つまりこれは中華料理屋の厨房ということ。それから、この店の店主は一時期、 乾布摩擦にはまっていたが、その時に使うはずのタオルが雑巾に回されているのを見る限り、乾布摩擦ブームはすでに去ったと思われる。このことから、店主の飽きっぽい性格が推理できる」

櫻丼「な、なんだそのホームズのような帰納的推論能力は…」

相場「ていうかこれうちの実家だからね。乾布摩擦に飽きた話は昨日オトンに聞きました」

ぢゅん「そりゃわかるわけじゃん」

ミノ「だから俺が言いたいのはね、まさにその、そりゃ当然じゃんってことなんだよ。背景を知っている相場くんと知らないぢゅんくんでは、同じ写真からの情報の引き出せ方に差が出るわけだよね、当然。前回『メッセージ』の時に話題になったサピア=ウォーフ説の解説でよく引き合いに出される、「”橙”と”藍色”という言葉を知っているかどうかで、虹が5色に見えるか、7色に見えるか変わる」っていう話と同じように、スパイスの名前を知っているかどうかひとつでも、見え方の”分解能”が違ってくるわけだよ。だから、同じ『ローガン』という作品を観ても、そこまでに積み上げられた文脈を知っているのと知らないのでは、そもそも映画の解像度が違ってくるわけじゃん」

相場「で、結局縦山くんは「それじゃ前作見るよ!」ってなったの?」

ミノ「いや、「お、おん…」って言ってそれきり」

ぢゅん「ほらーっ。重いんだよ勧め方が!!」

櫻丼「でもさ、俺ミノが言ってることもわかるけど、『ローガン』に関しては、むしろあんまりエックスメンシリーズに思い入れがない方が楽しめたんじゃないか?って思うんだよね。だって今回、一番シリーズを追ってるはずのミノが、一番ごにょごにょ言ってるじゃん」

ミノ「うん、俺は正直、『ローガン』にはまだ、心があんまり納得してないんだ…」

ぢゅん「えーっそうなんだ、いい映画だったのに」

ミノ「だってさ、チャールズがあんなにあっさり死ぬなんて、あまりにもひどいよ」

ぢゅん「それは、あっさり死ぬことに意義がある作風だったんじゃない?」

ミノ「あのさ、ぢゅんくん、チャールズが自分の親でも同じこと言えんの?」

ぢゅん「はっ?そりゃ自分の親があんな死に方したらいやだけど…」

ミノ「長年親しんできたファンからしたら、もう気持ち的には自分の親みたいなもんなんだよ!愛着ってそういうことだろ?自分の親が「作風のために死ぬ」とか無理だろ?」

ぢゅん「いやっ、それは流石に思い入れが映画の見方を歪めてないか…」

櫻丼「ローガンをシンボルとして見るのか、思い出として見るのか、どっちが理想的な『ローガン』の観賞作法なんだろうな…もしそんなものがあるとすればだが…俺はエックスメンシリーズの地続きとしてじゃなく、「ちょっと異色なロードムービー」な単作としても観られると思ったよ。ストーリーとしては、「過去にしこりのある男達」という雰囲気だけで、そんなに詳しいことは分からなくても十分だしね。監督も言っているけど、ストーリーを追うというよりは詩的な叙情性で引っ張る作品だったから」

ぢゅん「予告のジョニーキャッシュの雰囲気そのままに、って感じだったよね。逆に言えば、それ以上のことは起こらなかったって感じもあったんだけど、それはそれですっきりしてて良かったのかな。中年の渋みが全開だったね〜」

相場「でももう、疲れてるローガンを見てるとこっちまで疲れてきてやばかったよ。疲れが錆びみたいにこびりついてるみたいで…。ただこの世に存在してるだけで疲れるって感じ。っらぃ」

ぢゅん「ウルヴァリンのまぢ不死疲れる…って厭さが、今までで一番出てたよな。俺、子どもの頃見た『永遠に美しく』を思い出したわ。ぼろぼろになっても死ねないの。あれトラウマなんだわ」

相場「あと、こんなに寝るシーンが多いヒーロー映画も珍しいよね」

櫻丼「眠りは死の兄弟である、なんて言ったりもするけど。映画自体が、ローガンの眠りと眠りの間の話なんだね。そしてローガンが目を覚ますたびに、世界が変わっているんだ」

ミノ「そういう意味では、次にローガンが目を覚ます時にはまた世界が変わっていることを俺は願っているよ。これはエックスメンのユニバースのパラレルワールドのひとつにすぎないんだって…俺は信じているから…!!」

ぢゅん「ミノ…」

櫻丼「眠りは”麻痺”にも似ていると思うんだけど、そういう「一時的麻痺の感覚」を感じさせる演出が多かった気がする。老いて弱ったローガンはリムジンのドライバーをやっていたよね。映画に出てくるリムジンといえば、クローネンバーグの『コズモポリス』を思い出すんだけど、あれでリムジンは、都会の精神の「文明的ひきこもり」の象徴だった。形骸化した華やかさ、それはアメリカの麻痺そのものなんだ」

ぢゅん「それに今回、分かりやすいぐらい社会批判だったよね。ヴィランの名前が「ドナルド」だしさ。西部劇になぞらえた作りも、もともと西部劇が時代の精神の寓話だっていう意味での、映画の原点回帰なのかな」

相場「そういえばあの敵、「俺だって手を改造してるんだぜ」ってめっちゃ自慢してきたけど「それはめっちゃどうでもいい」って思ったな!」

ぢゅん「そ、そうだね…」

ミノ「でもさ、暗いだけの映画じゃないよ。若者が出て来るのは、いつだって希望の象徴だろ?」

櫻丼「そうだけど、その希望のあり方が「他国へ逃す」なのがもうね…。ヒーロー映画でここまで諦めと疲弊のムードをやるのも面白い感じがしたけどね。面白いと言っていいのか分からんが」

ぢゅん「エンドロールの曲の『The Man Comes Around』っていうのも、あれはもう、最後の審判が来るぞーって曲だもんね。かなり終末ムードだよね」

ミノ「そういう自己批判ができるってところが、アメリカの希望じゃないの」

櫻丼「大作映画がそれをやるのは、問題の陳腐化の手段って見方もあるよ。例えばちょっと前、監視社会に警鐘を鳴らす映画がたくさん作られた時期があったじゃない、「政府は実は、こんな恐ろしい監視をしてるかも!監視社会の恐怖!」みたいな映画を俺たちもいっぱい観たわけだけど、むしろそのことで、現実にそれが起こった時、すでにみんな”慣れ”ていた、「知ってたよ、これくらいの監視は当然やっているって、『ボーンアルティメイタム』でも観たし」っていう、現実のショックへのワンクッションの役割を果たしていたって風にも…」

ミノ「それは見方が穿ちすぎだよ。本当にそんな遠回しな効果を期待して作ってるとは思えないんだけど…」

櫻丼「もちろん作り手はそのままの意味で作ってるんだと思うけどさ。ただ自己批判的な映画を良しとするアメリカの風潮は、今や懐の深さというよりは無関心さからきているんじゃないかってどうしても思っちゃうの。ローガンじゃなくても、みんなそれぞれ疲れてるし、虐げられてるし、生活はやっとだし親の介護もしなきゃだし、子供は希望だって言われたって、できれば面倒には関わりたくない、そんな暇ないしって。そんな中、「アメリカがメキシコで生体実験してました」ってニュースがもしも現実で流れたとして、「ああ、知ってたよ、それぐらいやるだろうね、『ローガン』でも観たし」って、なおさら、そういうムードにならないだろうかって…」

ミノ「厭世的になるのもわかるよ。でもさ、それでもみんなわざわざお金を払って、手の甲から飛び出るアダマンチウムの爪で戦う男の話を観にくるんだよ。そして、孤独な少女たちの魂の行く末に涙するの。できれば、俺はそれを「希望」と呼びたい」

ぢゅん「個人的には、そういう社会性を差し引いても普遍的な事を描いてるファンタジーとして観られると思ったけどな。粗野な時代を生き抜いたのに、いつの間にか時代に取り残されてしまった人たち、とかさ。男は基本的に突然親になるものだ、とかさ。”約束の地”を目指す子供達、とかさ」

相場「あの子達があの後どうなったのかっていうの、めちゃめちゃ興味あるよ〜。子供達の話だけで続編を作って欲しいな。『蝿の王』とか、アンファンテリブル的な感じでさ…」

ぢゅん「そういうの怖いからやめて…」

相場「だってローラがかっけぇかったじゃん。もっと観たいよローラ。アメコミの戦いってなんとかの大義のため!とか、誰かを守るために!とかいろいろ枕詞がつきがちだけど、序盤のローラはさ、ただ、生きる!ってために戦ってるあの感じがさ、よかったな」

リーダー「あれ、みんなさ、いつまでも喋ってないで、そろそろお眠りなさいよ。生きるためには、寝ないとだよ、僕たちは、生命を維持するために、死を前借りしている生き物なのさ。ねーんねーんころーりよー」

ぢゅん「いや、今回まだ全然話がまとまってなぐぅ」

櫻丼「ていうかここ居酒屋ですからね?公共の場ですよ?みんな寝るならちゃんと家に帰ってからぐぅ」

ミノ「待ってくれ!俺はまだチャールズの最期について言い足りてなぐぅ」

相場「俺は寝ないぞっ寝ないぞっ寝ないぞ〜………ぐぅ」