嵐とみる『ノマドランド』

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出会い、そして別れ

櫻丼「縦山くん、マジで久しぶり!元気してた?」

相場「上映後にたまたま会うなんて、びっくりしたよ」

縦山「びっくりしたんはこっちよ。まあみんな元気そうでなにより」

ぢゅん「やっぱり日本は狭いってことだよねー。アメリカの広大さに比べたらさ…」

ミノ「なんかもう感化されてる人がいるね」

櫻丼「でも本当に「アメリカはデカい(物理)」っていう映画だったよね」

相場「縦山くんの感想は?」

縦山「一番思ったんはあれやな。実際のアマゾンの倉庫の人たちあんな生き生きしとらん」

相場「してる人もいるでしょ」

縦山「いやうそ!あれはうそ!俺バイト行ったことあるけど普通みんなもっと目ぇ死んでるって」

ぢゅん「めっちゃ偏見だな。たまたまかもしんないじゃん」

縦山「アマゾンだけじゃなくてよ、大体工場ってベテランのバイトの人ほど怖いって。あんなフレンドリーちゃうもん。むしろすれ違いざまに「あんた遅いわ」って耳打ちされたりするもん。でもそれもしゃーなしていうか、毎日あんな労働してたら気もふさいでくるよなとは思うよ。座ってやれる作業でも立ちっぱなしにさせられるとか、雪降ってる温度でもちっちゃいストーブ1台でみんな凍えながらやってるとか、1秒でも私語したり手止めたら罵声浴びせられる現場とかもあったし。なんか、基本人権ないって思うよね。ずっとやらされてたらさ、奴隷か?ってなるでしょ。自分が毎日そんな扱いされたらやっぱり人にも優しくできひんくない?」

櫻丼「映画の中で主人公の友人になるリンダ・メイ本人も、原作となってるルポの方では「アマゾンは最大の奴隷主だ」ってはっきり言ってるらしいからね。高齢者にはきつい長時間労働で、怪我の危険も多いし、多くの人は仕事が終わった後には疲れて人付き合いもできないって様子も書かれている。企業からしたら、必要な時だけいてくれて、組合を作るほど長くはいない上、低所得者を雇い入れることで税控除にもなるという都合のいい狙いもあるらしいけど…」

ミノ「でも、ノマド生活者にしたら、アマゾンの季節労働者受け入れキャンペーンが助かってる部分もあるわけだよね」

縦山「まあ実際、比較的誰でも受け入れてくれて、確実に日銭が稼げるっていうんは、俺も助かった時あるからな」

ミノ「だからさ、なんかそのへん清濁込みで、微妙なバランスでぎりぎり動いてる毎日を、あくまで自然の一部みたいに描いているっていうか、労働さえも風景のように描いているっていうところが、この映画の味だったんじゃないかなって俺は思うんだけど。排泄さえも風景のようだったし。洋式トイレって自分のうんこ見なくて済むじゃん?だから、俺たちはもっとうんこと向き合うべきなんだよ。向き合えた時に俺たちも自然の一部になれるんだ…」

ぢゅん「うんこは知らないけど、全体を通して温度を低く保つために、意識的に社会的なメッセージから距離を置いている感じはあったよね。フランシス・マクドーマンドとデイヴィッド・ストラザーンが演じるフィクショナルなキャラクター側にはわざわざ「身を寄せる家」があるって設定にしてて、だから主人公らがノマドを選択するかしないかは最終的には哲学的な問題。対社会というより内省の話になってる。詩がポイントになってるのも頷けるというか」

相場「詩を暗唱できるっていいよね。俺はポケモン言えるかな?ぐらいしか暗唱できないな」

ぢゅん「詩じゃないねそれは」

縦山「短期バイトってさ、労働自体は厳しかっても、心は自由って感じはあるんよな。内心だけは明け渡さなくていい感じある。会社勤めするとさ、なんか心まで会社に帰属させられる気になるっていう別のしんどさはあんねんな」

ミノ「世界が残酷で追い詰められた時、心の中に決して誰にも奪うことのできない領域を持っていることが大事なんだ、っていうのは、同じく今年のアカデミー賞候補の『サウンド・オブ・メタル』にも共通するメッセージだと思ったんだけど。自分の中に自分の城を建てればいいんだっていう。それが詩なのかもしれないし」

ぢゅん「あとさ、自伝に書けそうな部分だけが人生のドラマじゃないんだよ、ってところがあるよね」

ミノ「うん、だからライフをハックしてんじゃねえ、っていうか、合理主義への反発だよね」

櫻丼「そこでノマド生活は資本主義の奴隷制からの解放だ!と唱える教祖的な存在として映画内にもボブ・ウェルズ本人が出てくるわけだけど、この人はRV生活のお役立ち情報とかをちゃんと動画編集者雇って定期的にアップしてて、youtubeの広告収入とかブログのアフィリエイトとかで収入の基盤を作ってる人なんだよね」

相場「ただの自然派のおじさんじゃなかったんだね」

櫻丼「ライフスタイル自体をビジネスに変えちゃったんだ。でもそれって、話術とカリスマ性と機転があったからこそで、誰にでも出来ることじゃない。一生労働する以外のオルタナティブな人生の選択肢といえば、ちょっと前に「FIREムーブメント」って言葉がアメリカで出てきて、それは20、30代で大金稼いであとはそれを資産運用することで「余生」にしちゃう、っていうライフスタイルを目指すものだけど、それだってエリートじゃないと無理だよね。そういう人ならRVを買って、余生を旅したり、ワーケーションしながら生きていくこともできるだろうけど、そうじゃない人がこの映画を見てヴァンライフに憧れたとして、待っているものは結局アマゾンや農場での長時間の過酷労働で、それってまったく逃れられてないよね」

縦山「だとしても、定住では得られない何かがあったってことちゃうん」

ぢゅん「孤独の哲学っていうのはあるよね。どこにも属さないことって孤独なんだけど、誰も聞いてない時に歌を歌うってことの美しさとか」

ミノ「孤独でかっこいいみたいな役を、女性の役者がやったっていうのも新しい感じがする。今までこういう人いなかった気がする」

相場「この例えが当たってるかわかんないけど、クリント・イーストウッドみたいっていうか、カウボーイみたいだった」

櫻丼「そういえば、同監督の『ザ ・ライダー』はカウボーイの話だったよね。最近、アメリカって実は思ったほど自由でも寛容でもないのかもなって思わされるようなことが多いけど、そういう中で、アメリカのロマンをもう一度取り戻そうというか、もう一度夢見てみたいって試みなのかも」

ぢゅん「マクドーマンドだけじゃなくて、リンダ・メイやスワンキーの生き様はかっこよかったね」

ミノ「スワンキーが、だーっと今までの旅の話をしはじめるところ本当にいいよね。『ブレードランナー』のルドガー・ハウアーの「お前たち人間には信じられないようなものを俺は見てきた…」さながらで」

縦山「あと、オワコンとかってよう言うけど、「終わりだ」って思った先にも人生はある、意外と人間どこでも生きていけるんかもな、っていう希望を与えてくれる所が良かったよね、彼女らの話は」

櫻丼「でもさ、それで結局アカデミー会員とかが映画に描かれたノマドの生き様から爽やかな「感動」や「気付き」だけを得て、「やっぱり自然はいいよねー」とかいって国立公園に行ってトイレを汚して掃除させるんだろ?」

相場「それは意地悪な見方すぎない?」

櫻丼「そうかな。2020年のアカデミー賞は会場にジェフベゾスが来ていたよね。鋭いことをいうコメディアンが司会でも、当然ながらあそこで本気でジェフベゾスを怒らせるようなストレートは打てないんだよね、だから適当なジャブをかまして、ベゾスは気さくに笑ってた。映画が政治的に中立なのは作風だから別に良いよ。でも映画が政治的に中立であることで最後に笑うのはやっぱりベゾスなんだよ」

ぢゅん「そうは言うけど櫻丼くんはアマゾンで買い物するでしょ」

櫻丼「それはそう」

ミノ「即答じゃないすか。まあ俺も『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』を観た足でマクドナルドを食いに行ったサイコパスだから人のことは言えないな」

ぢゅん「まあでも…今回渋谷で観たでしょ?だから観た後、もはや全然公園じゃなくなった宮下パーク歩いてて、なんかもやもやした気分にはなったな」

縦山「ええんちゃう。もやもやも人生よ。あ、大蔵から連絡きたから俺はこのへんで」

相場「ばいばい縦山くん!」

リーダー「また、どこかで……」